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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(ワ)588号 判決

原告

小畑克己

外三八名

右原告ら訴訟代理人

山口伊左衛門

被告

朝日タクシー株式会社

右代表者

松井洋平

右訴訟代理人

木下重範

外一名

主文

被告は原告らに対し夫々別紙債権目録記載の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は、タクシー業を営む株式会社であり、原告らはいずれも被告に雇われ、タクシーの運転者として勤務している者であり、且つ全国自動車交通労働組合朝日タクシー労働組合(以下単に組合という)の組合員である。

二、被告は、昭和四五年八月一五日、組合との間で、同年四月二六日から期間を一年とする労働協約(賃金協定)を締結し、これに基づいて原告らに対し賃金を支払う旨約し、且つ支払つてきたが右協約は昭和四六年四月二五日期間満了により失効し、その後は之に代るべき新協約が成立しない儘であつたところ、被告は、賃金協定の有効期間経過後である昭和四六年五月二六日から同年六月二五日までの賃金につき、該協定が期間満了により失効したことを理由として、被告において作成した新賃金案に基き計算した賃金を支給したに止り、之と右賃金協定により算出される従前の賃金との差額である別紙債権目録記載の金額の支払をしない。〈後略〉

理由

原告ら主張の請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。

ところで原告らは賃金協定が消滅しても新賃金協定が成立するまでは被告は依然として従前の賃金額を支払う義務があると主張するのに対し、被告は之を争い、賃金協定が消滅した以上新賃金協定成立までは被告は原告らに対し合理的な新賃金案に基く賃金を支給すれば足るのであつて、それ以上の賃金支払義務はなく、殊に経理内容の極端な悪化等被告会社のごとき事情の変更があるときは然りである旨抗争するので検討するに、当裁判所の見解は左のとおりである。

労使間の労働協約が期間満了等により消滅した場合において新協約成立までの措置につき別段の合意が存しないときは、協約の効力はその規範的部分たると債務的部分たるとを問わず終局的に消滅し協約自体のいわゆる余後効のごときものはありえない、というべきであるが、協約の成立により一旦個別的労働協約の内容として強行法的に変更され承認された状態ないし関係は協約失効後における労働契約の解釈に当つてもできるだけ尊重さるべきが継続的労使関係の本旨に副う所以であつて、後記事情の変更のごとき特段の事由がある場合を除き、個別的労働協約は協約満了時における労働協約の内容と同一内容を持続するものであり、使用者において一方的に労働契約の内容を改訂変更することは許されない、と解するのが相当である。

しかして協約失効後の個別的労働契約は更に新たな労働協約の締結によつて変更されうべきことはもとよりであるが之に止まらず組合の団結権を侵害しない目的、性質、程度において個々的に契約内容を変更すべき旨の個別的な合意の成立により変更しうべきものであるが、右の外更に労使間の諸般の事情が極端に変化し、従前の契約内容を持続することが信義則に反するに至つたと認められる場合において、当該事情の変更が変更を主張するものゝ責に帰すべからざる事由に基き且つ従前の契約成立当時予見しえざりし性質程度のものであるときは、事情変更の法理により契約内容を一方的に変更ないし解除することが許されると解すべきである。

そこで之を本件についてみるに、〈証拠〉を総合すれば、原告ら所属の組合と被告会社は従前一年毎に賃金その他の労働条件について協約を締結してきたが、その協約中賃金についての協定は組合の労働功勢が強かつたこともあつて北九州市内同種労働者の賃金水準と比較して可成りの高水準のものであつたこと、昭和四六年四月二五日賃金協定が失効した前後頃から会社の経理内容が極端に悪化し、同年六月には破産並に和議の各申立がなされるに至り、現在当裁判所において和議事件係属中であること、賃金協定失効後被告が原告らに支給した賃金は従前の歩合給率の実質的引下げを骨子とする新賃金水準案に基くものであつたが、右新賃金水準案は原告ら組合の了承しない一方的なものであつたもののなお北九州ハイヤータクシー経営者協議会所属会社の平均賃金水準と同一のものであるのみならず原告らの組合所属以外の相当数の従業員は右新賃金水準案を異議なく了承したことが認められ、右認定の事実に徴すれば協定失効後被告が原告らに対し右新賃金水準案に基いて賃金を支給したことにつき一応の合理性を首肯しえないでもないが、右認定のごとき労使間の事情の変更が被告の責に帰すべからざるものであることについては大いに疑を挿む余地があるのみならず失効した賃金協定の成立時及び失効当時と比較してなお労働契約の変更を許すに価する程度の事情の変更があるとは認め難いのであり、他に右認定を覆して事情変更の被告の主張を肯認するに足るべき証拠はない。

してみればこの点の被告の主張は所詮採用の限りに非ず、前説示のとおり被告は賃金協定失効後といえどもなお従前の賃金協定と同一内容の賃金支払義務を免れず、原告らに対し夫々別紙債権目録記載の賃金部分を支払うべきである。

よつてこれが支払を求める原告らの本訴各請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(鍋山健 内園盛久 須山幸夫)

別紙債権目録〈省略〉

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